溝口和洋 幻の世界記録をを出した後忽然と消えた天才。現在は?

こんにちは!

ヒロテツです。

今回は11月18日に放送される「消えた天才」で取り上げられるハンマー投げで有名な室伏広治さんに最も影響を与えた天才アスリートがやり投げ界にいた!!

筋トレ1日12時間100kgのバーベルを1000回上げていたという伝説の男。

アジア人初の世界一に輝きながらもバルセロナ五輪を前に電撃引退!!

天才はなぜ消えたのか?

ということでその天才こと溝口和洋さんの現役時の活躍ぶりや消えた理由、現在などが気になり調べてみました。

プロフィール

名前:溝口和洋

生年月日:1962年5月4日

年齢:56歳

身長:180cm

体重88kg

生誕地:和歌山県西牟婁郡白浜町

種目:やり投げ

自己ベスト:87m60cm(1989年、日本記録)

溝口和洋さんの現役時の活躍(幻の世界記録)

高校からやり投げを始め高校3年のインターハイで59m68で6位国体では60m72で2位になっている。

高校生以前のことは解りませんが高校の頃からすでに全国レベルの選手でもともと備わっていた才能も有るんでしょうね。

1981年、京都産業大学進学し4年の時のロサンゼルスオリンピックで74m82で予選20位

1985年、ゴールドウイン社に入社

1986年、ソウルアジア大会で76m60で優勝

1987年、世界陸上ローマ大会で80m24で6位

1988年、ソウルオリンピックで77m46で予選19位

1989年、サンノゼ国際グランプリでは87m60の日本新記録をマーク

当初従来の世界記録を上回る87m68の世界記録と発表されたが、計測員がビニール製のメジャーで再計測し87m60と発表された。

同年ロンドン国際グランプリで85m02で優勝

同年IAAFグランプリファイナルで83m06で2位

1990年北京アジア大会では75m84で3位

大学4年ですと22歳の歳ですでにオリンピック選手に選ばれる位の実力を持っていたんですね!!

社会人になっても本格的に競技を続けるかどうか一番の分かれ目はやはり高校の時の成績によりますよね。

僕は陸上の長距離をしていましたが高校で成績が伸びなかったので辞めてしまいましたが溝口和洋さんは当然続ける道をえらんだんですね。

ところでなぜ一度は世界記録と発表されたのに再計測し訂正されたのでしょう?

もうだいぶ前のことで終わった話なのではっきりしたことは解りませんが計測員がアメリカ人で日本人に世界記録を出されたことが面白くなかったとか当然かなりもめたと思いますが本人はまた別の大会で記録をだせば良いと前向きな様子だったようです。

本当にこれが事実なら会心の一投をもみ消された溝口和洋さんからしたらたまったもんじゃないはずですがそこはさすが大物アスリートと思わせる対応ですね!!

溝口和洋さんが消えた理由

そのあたりは「消えた天才」で語られるでしょうが1990年の北京アジア大会では75m84と記録が急激に落ちていることからケガか体調不良などが原因なのではないかと思われます。

溝口和洋さんの現在

引退後はパチプロとして生活しながら中京大学で室伏広治さん、三宅貴子さんをボランティアで指導し、指導をきっかけに知り合った三宅さんと結婚して2007年から故郷の白浜町で農業をしているそうです。

まとめ

何があったのかは番組で詳しく語られるでしょうが現在は農業を営んでいるということで完全に競技にかかわることも辞めてしまったのは残念ですね。

競技は辞めてしまっても溝口和洋さんには指導者として陸上界を盛り上げていってほしかったなぁと個人的には思います。

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